「宿屋めぐり」「独白するユニバーサル横メルカトル」読了。

ネットを控えて読書する。2冊読了。

宿屋めぐり

宿屋めぐり

約600ページの長編。読了。
主からの命によって奉納に向かう鋤名彦名の理不尽な旅は、まるでキリストの贖罪の物語をダメ人間展開にしてしまったかのような、真実を求め虚飾に埋もれた苦行の道中。

主はいつも言っていた。
「滅びにいたる道は広く、光にいたる道は狭い。おまえらはいつも広い道ばかり行こうとするが、それは天辺から誤りだよ。

主は、
「おまえらの言う、まともと私の言う、まともは違う。おまえらはおまえらを爪弾きにした連中にとっての、まともを、まともと信じている。
しかし考えてもみろ。その、まともはおまえらを爪弾きにした、まともなのだ。だから私は、別の、人を爪弾きにしない、まともをお前らに教えたのだ。
にもかかわらず、おまえらはそれを実行しようとせず、その理由として、俺たちは元々まともじゃないから、と言う。
けれどもそのまともはわたしの言うまともとは全く違ったまともなんだよ。ところがおまえらは頑なにまともはひとつだと信じようとする。
私は何度も言っている。おまえらの信じるまともはおまえらを爪弾きにしたまともなのだ。
なぜおまえらはおまえらを庇護する私を信じず、おまえらを爪弾きにしたものを信じるのか。
結局、おまえらは私をまともではないと思っているのか、私の庇護を受けながら」
と嘆いていたのだった。

けれども、近所・近隣の人にはそこのところがわからない。実際、そこで何が起きているか、なにが起こったかを知らず、また知ろうとせず、ごくうわべの感情で、「なにもそこまでしなくても」と、自分こそが、正義・常識を代行しているのだ、みたいなしたり顔で行ってくる。わざわざケータイメールを送ってくる。
あっさい正義やのー、と思う。怠惰な精神やのー、と思う。そんなものが正義であるなかれ、と思う。けれども大体がそんなやつばっかしなので、俺らだってときどきは、「ぬるい、一見、正論みたいな、深く考えれば正論でも何でもない、愚かな意見を得々として言うな、ど阿呆」と怒鳴りたくなり、実際に怒鳴ってどつきまわして事態をこじらせたこともそれはあった。

そして真実真性への道は。厳しく険しく見つけづらく、過ちを繰り返しながらも永劫回帰の記憶の宿屋めぐりは延々と続く。あきゃん。

独白するユニバーサル横メルカトル

独白するユニバーサル横メルカトル

町山智浩経由で手に取った作品。07年度のこのミス1位って………ミステリ?
フィジカルよりも、メンタルな面でグロテスク。「無垢の祈り」のラストで幸せになった自分は、既に狂気の扉をノック中。
そして油断したところに甲田学人も裸足で逃げ出す拷問描写。土方歳三もびっくりだ。